昔の名画(と私は思っている)のワンシーンで、ヒロインが旦那さんとのマンネリ化した夫婦関係を今一度新鮮なものにしようとして、自分自身をラッピングして夫の帰りを出迎えるというのがある。本当に台所用品の「ラップ」で自分をグルグル巻きにして、ドレスにするのだ。そんな彼女を見て旦那さんは口を開けたまま突っ立って、ようやっと一言「お前、気でも狂ったのか?」だったと思う。映画の彼女のように本当に「ラップ」で自分をラッピングした人は見たことがないけれど、例えば見慣れたカーテンで服を作ってみたり、コンセプトとして似たようなことはそんなに日常生活の中で無いことではないと思う。
歌の歌詞ではないけれど、基本的に男性は「慣れ」を求め、女性はいつまでも「新鮮さ」を求めるものなのでしょうか。反対に、旦那さんの方がそういった努力をしているカップルもいるけれど、日本人にはなかなか難しいことなのかもしれませんね。昨今「ニッポンダンジ」が少なくなっているように見受けられるので、現代ではもうそうでもないのかもしれないですが。でも「ニッポンダンジ」も自分をラッピングするのはお好きですよね。もちろん「ラップ」を使うという意味ではありませんが、「家」にいる時と違い「世間」に向けてラッピングする方は明治より前から沢山いたように思います。大和撫子も、そんな男性の姿を頼もしく、また誇りに思っていたに違いないんではないでしょうか。
確かに、父や彼氏が自分の前でだらしなくても外に出た時にパリっとしてくれると、普段の姿なんて帳消しになってしまうところがあるのは否定できません。ただ、ほんのたまには「世間」じゃなくて「妻」だったり「身内」のために小さなラッピングでも良いからしてくれたら嬉しいですよね。「記念日には必ず思い出の時計を付ける」とかすごく小さなことでいいから。自分も忘れないようにしようと思いつつ、「気付いてくれなくても慣れた」になってしまうとついつい忘れてしまったりするんですよね。
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